ホームレスの写真を撮る

今回のブログはホームレスの方の実際を写真に収めている北山が担当します。ホームレスのおじさんの話や法的な内容ではなく、私個人の写真に対する姿勢みたいなものを知っていただければと思います。


どうしてホームレスの方の写真を撮るのか?

ホームレスの方にレンズを向ける行為に疑問を持たれている方も多いと思います。私もそう感じていました。


その理由にも色々あると思います。一つに、悲惨な境遇の人を見世物として捉えているのでは?という指摘です。

確かに、写真自体が見世物である以上、見世物的と言われても仕方ないかもしれません。では、ホームレスの方の写真は一切何人たりとも撮ってはならず、どんなものにも掲載禁止というスタンスをとっていいものでしょうか?

私はそうは思いません。撮影のやり方・掲載方法の考慮をすることが大切だと思います。

許可なく隠し撮りをし、ホームレスになってしまった方々がどうしてその状況になっているのかを知ろうとせず、単純に被写体として面白いという理由で撮っている人が知人にいました。ホームレス写真に関してカメラマンのスタンスが気になって、そういった写真が好きではなかったし、撮ろうとも考えていませんでした。

私がそれでもホームレスの方の写真を撮るようになった経緯。

以前、個人的に東京のドヤ街として有名な山谷にいるホームレスの方や寄場に泊まる人の取材をしていました。もちろんカメラ無しで。そこでホームレス問題を取材しているプロのカメラマンと出会い、彼はただ取材するのではなく、自らボランティアとして現場に長いこと身を置く人でした。「俺たちはこの状況を伝えなきゃならん。だけど、カメラマンが被写体をオブジェクトとしてだけ見たり、お勉強した知識だけで現状の問題を把握していると勘違いしたりすることはいけない。」「この現状を知ってもらうこと、それに尽きる。」

この出会いをきっかけに、自分にもできることを考えました。私は大学の写真部に所属していたので、写真展などで学生に写真を見てもらうことができました。世界的に見ても裕福な日本の首都東京の路上写真や、学生がホームレスの方と会話をしながら撮っている写真はきっと見てくれた人の心に残るはずだと考えました。

以後、カメラを持って取材するようになりました。まずはとにかくお話すること。写真は仲良くなって、撮ってもいいよと言われたら撮るようにしています。街を歩いていて気になったらシャッターを切りますが、必ず後から許可をとる。断られる事も多いですが、写真を撮ることだけがメインではないので、世間話などに盛り上がり、一枚もシャッターを切らない日もあります。


写真は言葉以上に人々に素早くイメージを伝えることができます。また、写真の持つ鮮烈なイメージは、時に、言葉により事細かに説明が尽くされた文章以上のものを伝えます。


私はホームレスの方の写真を撮り、見る人に何を感じ取ってほしいか?

可哀そうとか、大変そうとか、自業自得だとか、そういったことは見る人が自由に感じればいいと思っているので、私自身の思いとして、見る人に何か感じてほしいということはありません。ただ一つ言えることは、私の撮った写真が一枚でもいいから見た人の心の中でいつまでも残り、ホームレス問題を少しでも考えてらえたらと思います。


[twitter:@kk0823]